考えたこと

小林勝彦の思考を残しておくブログ

平成26年度長野美術専門学校卒業式での校長式辞

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お務め柄、スピーチや講習での論述の機会が度々あるが、あらかじめ要点を構想し順序付け、話しながらまとめていくのが、私のいつものやり方だ。しかしせっかく考えたものなので話しては揮発していくのも、もったいないかと思い、また自分の思考をさらに深める意味でも、そしてうまく伝えることをできなかった悔しさを晴らすためにも、ブログにまとめて残していくことにした。

まずは、平成26年年度長野美術専門学校の卒業式での式辞をまとめてみる。10分の持ち時間を倍の20分にしてしまった。式進行者には顰蹙もののお務めである。原稿を読めば、数分で済む内容だから、もっと要領よくしなければ…。今回は「創造的な造形能力」ということについて以下のように述べた。

 

本校での学びの基となっている理念体系の中ある信条について、改めて聞いてください。それは「クリエイティブこそ社会形成の要」というものです。その意味は、あるべき社会は創造性無くしては築いていけない、という考えを示したものです。

美専生はこの考えのもとに、学びを進めているのですが、学んで、何を身につけるのかというと、それは「創造的な造形力」です。

 

それでは「創造的」とはどんなものなのでしょう。文芸批評家として世界の文化をリードしたハーバート・リードは創造的という言葉について「我々は個性的で、新しく工夫され、感情のこもったものを指し示す言葉が欲しい。人間と、彼の意思によって形づくられたものとの間に存在する関係を指し示す一つの言葉が欲しい。つまり、我々の理想が、現実に及ぼす効果を表す言葉、我々が愛する仕事を表すような言葉が欲しい」と言っています。

ここには創造性についてのいくつかの重要な示唆が含まれています。そのひとつに個性的で、新しく工夫され、とういうものが挙げられていますが、我々もまた「個性の発揮」を学びました。個性がゼロから生み出す突飛な事柄を示すのではなく、まだ発見されていない自分のリソースであり、発揮とはそれを見つけ、目に見えるものにすることであると学びました。

 

次に「造形力」とはどんなものなのかも、改めてまとめてみましょう。狭い意味でよく言われるのは、立体的なものを作る工作力ですが、我々が造形の対象としてきたものは、単に立体にとどまらず、すべての色と形のあるものでした。本校の学びのベクトルを示す「修学ライン」を見てもそれはわかります。

日本の美術文化のリーダー勝見勝は「造形教育の目標は造形能力が、社会のあらゆる職場あらゆる分業の分野においてそれぞれの置かれた条件に適応しながら、柔軟な実力を発揮するところにある」と言っています。我々は、すべての色と形のあるものに一貫して存在する造形の原理を学び、先達、勝見勝の教えの通り、今まさに、学び得た力を様々な職場に活かそうとしているのです。

 

また、同じく勝見勝が当時予言したように、今、アマチュアの時代が到来しています。パーソナルコンピュータの普及で専門家でなくてもある程度のデザインワークができ、相応に暮らしぶりの向上を図れるようになってきました。この時代のプロの役割とはどんなものなのでしょう。

美専展の一般の方からの評価に、目指すべきプロとは何か、への答えがあるはずです。なぜなら美専の先生方は学生の皆さんをプロへ、プロへと導いて来てくださったからです。そして総合制作は、みなさんがその導きを得て自らが獲得したプロの持つべきリソースの集大成のはずだからです。展覧会ではこんな言葉を聞くことができました。「美専生の制作はよく考えられているね」「完成度がとても高いですね」その言葉が学生の取り組みに対し与えられたのは、制作の成果に目指すべきプロの着想、構想力や、そしてそれを実現する技術力、それを目指す志が認められたからなのです。

また、「この力を活かす場がない」という言葉も聴きました。これは創造的な造形力は培っているのは認めるが、今度はそれを社会に活かす事が難しいという意味で、大変悲しい感想のように聞こえますが、逆に考えれば、活かしたい、活かすべきだとも認めていただいたということだとも言えるのです。

学生という、未完全な人間がつくった過渡期の未完成な制作物と安易ににみなすことができない、いやむしろ、社会にとって必要な力がそこに現れていたから、これからの時代にプロが果たすべきことがそこにあったと、予感、実感して頂いたからこその言葉であります。

 

美専の卒業は一つの通過点です、我々はまだまだ学びを続け、自由な創造性に富んだ新しい社会をつくって行きましょう。

 

2015.03.13:Hotel KOKUSAI 21:Nagano City