考えたこと

小林勝彦の思考を残しておくブログ

「メディアを超えるメディア 〜タブローからコンピュータへ〜」老舗画材店の閉店

価値観のもとに、需要とのバランスを供給によってはかるのが商店

近代美術隆盛の一般化に貢献し歴史を刻んだ画材店に、メディア価値の多元化の強風をもろに受ける宿命が待っていました

<長野美術専門学校の同窓会会報への寄稿より>

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先ごろ、奈良堂と言う長野市内の画材の老舗がその長い商売の幕を閉じた。近年はカタカナの店名で親しまれてきたが、私はどうもしっくりせず、従来の“奈良堂さん”と呼び続けてきた。へそ曲がりの親愛の表し方だった。学校に於いては教育活動を支え続けていただいたのはもちろん、代々の美術学生がお世話になった。ことに店頭でリアルに画材等を知り得るという学習機会は、貴重な学生生活の大切な一部であったことにに相違ない。石膏像、油絵の具、ゴシック筆、面相筆、ポスターカラー、烏口、絵皿、曲線定規、インレタ(instant lettering)、インレタを“コキコキ”と転写する専用の鉄筆……、そこにある専門の道具や色材がどういう名前を持ち、それを使うことでどんなことが起きるのか、それらが導く自分の制作活動に、ときめきを覚えながら数多くの美術学生が店内を探索したことだろう。“奈良堂さん” ありがとうございました、皆さんは教師でした。

隆盛を極めたタブローや彫刻作品などの伝統的メディアは、これからも無くなるはずはないとは言え、そこから美術表現は拡張され、多元の価値観を発揮するようになってきた。そして今や、コンピュータが従来のメディア特性を超えたメタメディアとして、無限の価値を秘め、未知の世界の入り口を開けている。手の術が道具の使用によって拡がり、メディアが生まれ、そこでなされる仕事の正当な評価が思考されている矢先に、またまた行先の計り知れない大転換期を迎えている。老舗画材店の今回の帰結は、あり得ることとは言え、改めて時代の激動を思い知るばかりだ。

混沌、黎明、草創、発展…、現在の世界の進展は、何期への突入と表せられるのだろうか。

今、キャンパスでは、奈良堂から受け継いだ画材が彩りをみせている。

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